コエノネ_制作レポート

キャラクターデザインについて

コトハ

私がパーカーが好きであること、動物の被り物をすることが将来の夢なので それを実現化したデザインが、コトハです。 草原に隠れているうさぎをイメージしました。 うさ耳の部分は、ぶんぶんふりまわすと武器になりま・・せん!

ミナト(依頼)

ミナト設定画

コトハの髪の分け目と対だったり、コトハのリボンとおそろいのリボンがお洋服についていたり姉弟!というデザインにして頂きました。デザインに関しては、コエを見ている子ではないので懐中時計はつけないでください。という指定しかしていなかったので、もうRINGOさんの感性のすばらしさに小躍りしていました・・。こういう弟がいてくれたら嬉しい!

ななまる

そもそも、なんでヤギにしたかというところからお話します。ヤギは手紙を読まずに食べるとかそういう歌があるので、ヤギにしたのもあるのですが、RINGOさんのヤギの絵を見て、自分も描いてみたいという好奇心の方がちょっと大きかったりします。 ヤギの画像を検索して、自分で感じたことを描いた!というのがななまるなので、ふかーい意味は特にありません。一発で描いてそのまま清書しています。

ウタノ

ウタノは、個人的に難しいデザインでした。ネットで知り合ったお友達がロングヘアーだったので、ロングヘアーにしよう!っていうのは決めていたのですが、好きなイラストレーターさんと似たような配色やデザインになりがちで、なんども没にしていました。オレンジ色の髪だったり独特な緑や青を重ねて、やっとこれだ!となったのが今のデザインです。お嬢様なんだけど、女の子らしいピンクなどを使っていないあたり、我ながら斬新だなと思います。

シノブ(依頼)

シノブ設定画

シノブ設定画

まず、私が設定を考えたキャラクターだよな・・?と目を疑いました。すごくかっこよかったから。RINGOさんのキャラクター絵って、人を惹きつける魅力があり、そこに生きているように存在するような独特な存在感があるのですが、まさにその魅力がパラメーターが壊れて分析できないくらいでたかな、という感じです。穏やかで優しい、でも男性らしい力を感じる絵でした。なんだろう、シノブさんの絵と目が合ったような、不思議な感覚になりました。こういう男性がいたら私は緊張するので、コトハはすごいなあと思います。

コエノネを書くときに気を付けた事

初めてのボイスドラマだったので、短めで完結できるお話!を目指しました。 が、文字数15000文字前後、1話から3話は10分以上あるので ・・これは、短い方なのだろうか、と思いました。 元々、ゲーム制作をしていて、文字数の制限なんて知らない人だったので、 ボイスドラマは声だけの世界で、長すぎてもダメ、短すぎてもダメみたいな尺の制限が結構きつかったです。そして、言葉のキャッチボールばかりをしていて、これでいいのだろうか?と怯えながらシナリオを打っていました。 でも声をつなぎ合わせて、会話が成立したのを聞いたときはほっとしました。 コエノネの世界は、ゲームでは表現できない世界観だと思います。 余談ですが、世界観は3日で考えて、シナリオは1か月くらい掛かっています。

最初から、コトハが不登校に至った経緯を書かないと決めていました。 何故かというと、不登校というのは、結構深刻な問題であり それをわざわざ1つの作品で主張したいことなのだろうか?と思っていたからです。 作品を聞いて頂ける方に届けたいことではないと判断していたこともあり コトハが不登校に至った理由は書いていません。 その代り、相談室登校にするべき、通信制の学校に進学したいといった不登校ならではの言葉はちょっと詰め込んでいます。そうしないと、不登校で引きこもりだよという設定の意味がなくなりますからね。

私の中学時代や今の経験をなんとか創作に書き起こせないかなと思っていました。 けれど、いじめがあった中学時代を取り上げるには、あまりにも重たく、聞いた人を悲しませるような出来事しかなかったので、難しさもありました。けれど、現実問題として片隅に置いてほしい、そんな気持ちもありました。だからコエノネを書きました。 いじめがあった事については、不登校という設定を出すことで、不登校なんだなという意識を持たせます。 ただ、いじめの悲観的な部分を描きたいわけではないので、先ほども記載した通り、いじめの部分は割愛しています。 もう1つ書きたいと思っていたのは、ネットの知り合った人と初めて出会った感動です。 中学生のころ知り合った人と、大人になってから初めて出会いました。感動しました。打ち合わせもなしに人混みの中で、たった1人の友人に出会えました。この時の記憶は今でも色褪せません。 人と人が出会う瞬間をなんとか書けないかしら。そう思い、コトハとウタノの出会いが生まれました。 ネットと言う言葉を使うと現代的過ぎるので、コエを使う世界というものを作りました。 魔法のタイプライターはいわゆるパソコンです。魔法の紙は・・紙、ですね。 懐中時計はスマートフォンだと思ってください。 ウタゴエ屋は、多分サーバーなどを管理している企業と言えばわかりやすいかと思います。 顔が見えないからこそ、言葉のやり取りに慎重になるとか、コエはかき消せないとか、コトハがウタノに対して、おっさんだったらどうしよう!と言っているくだりがあるのですが、そのあたりは実際のネットの問題を見て感じた事をそのまま書いています。 タイプライターは、タイピストという職業があり、速度の試験もあったそうです。 私は、映画のタイピスト!というタイピストを目指し、早打ちに明け暮れる女性が主人公の映画を見て、感銘を受けました。そしてタイプライターが素敵だなと思うようになりました。 タイプライターを題材に入れたいと思っていたのが、数年前からの願望だったので、こうした形で叶ってうれしいなと思います。

普段絵を描いていることもあり、色の扱いはどちらかと言えば得意な方だと思います。描けるもの・描けないものはどうしてもあるけれど、イメージしているものをざっくりと描いたり、こういう色を使いたい!と思ったら、パレットから選んだり、色を作ることはできます。手を伸ばせば色があります。 けれど、ボイスドラマである「コエノネ」を作っているときに感じたのは、音は手を伸ばして届く場所にないため、自分のほしいを自分で作り出すことが出来ないむずかしさが常にありました。効果音のサイトを見ても、効果音は1つの音として完成された音なので、下手に混ぜたりいじったりすると逆におかしくなるのです。 色は、混ぜたり薄くしたり濃くしたり、という融通がある程度効きますが、音に関してはそういったことをすると壊れるのです。だから、イメージと合っているかというより、このシーンには、どういう音が合うのだろうか?という事を中心にお借りする効果音は選びました。効果音のクオリティが高いこともあり、いじらないほうがいいものしかありませんでした。そして、音は完成されているから、完成したものを崩すイメージがあり効果音はリバーブやフェード以外の加工は入れていません。

ボイスドラマの編集で躓いた部分として、ゲームは、視覚と聴覚どちらに対しても訴えることが出来ます。画面と音楽。けれど、ボイスドラマの場合、音楽一本です。そして、厄介なのは、私が台本を全部把握している事です。台本を把握しているからこそ、視覚情報がないはずなのに、視覚情報を得ている状態。台本を全く知らない人の気持ちになれないことでした。効果音がなくても、演技があれば伝わるというわけではないのです。 私たちは、台本を知っているから分かるけれど、全く分からない人にはどういうシーンなのか、音で伝える必要があるよ。(※キャストさんより頂いたアドバイスです) ああそうか。ボイスドラマって耳で楽しむものだよな。と改めて感じました。 そして、音だけで伝えることってとても難しい。 ゲームを作っているときは、演出で効果音を挟めたりするけれど(イベントのジャンプ等)、ほとんどが選ばれた効果音がシーンごと(例:戦闘画面の被ダメージ等)に自動で再生されるので、自分で選ぶ必要がない。音を選ぶって大変な作業なんだなと思いました。 Youtuberの動画を動画なしで声だけで楽しめる動画もあります。 それもまた、耳に伝える1つの方法なのかもしれないなと思いました。 ラジオみたいに聞こえるものは楽しいけれど、ゲームのプレイ動画だと画面がないと分からないから、伝えられる範囲ってこういう事なのかなあと思ったりします。

一つの作品を作るってとても難しくて、ましてやネットとなると顔も見えなくて、文字だけのやり取りがすべてなので、どこまでが正しくてどこまでが嘘なのか、時々わからなくなってしまいます。特にメールのやり取りに関しては、複数人にメールを送るとメール事故や迷惑フォルダに振り分けられているという事もあるので、メール事故でメールそのものが届いていないのか、それとも・・??と悩んでしまうこともあるし、今回もありました。心配になって自分をすり減らすのも違うし、相手を否定するのも違う。そして、そうしてしまった自分を責め続けるのも違う。そういったことを起こさないために、どういう事が起こるか予め予想をして、この出来事が起きたらこういう風に対処するという対策を練るといいよと教えてもらいました。メール事故、風邪や体調不良による相手側の収録が困難な時期が出てしまう事。そして私自身の体調不良など。 スケジュールも、収録する方は長い方がいいだろうと思った軽率なもので、私の都合を全く考えていなくて、編集期間がちょうど繁忙期と重なってしまいました。お互いがハッピーじゃないといけないのに、大切なことを見落としていたのです。そして、創っている側って自分の作品が大好きで、創る事に夢中になりやすく(※個人差はある)、1人で複数人を相手にするため(場合によってはメールを1日に複数頂くこともある)、余裕がある状態って連絡が終わった後くらいしかないです。だからこそ、日々の息抜きで心に余裕を持たせて、相手の方に手を差し伸べられる気力を作らなくてはいけないと感じました。自分に優しくできない人はね、他人に優しくできないんだ。そう実感しました。 作品を作るということは、一人で作ることもあるけれど、複数人で作るときは信頼関係はとても大切。何より、相手の方にとって、自分の作品に携わるということは、時間を使っていただいているという事なのです。だからこそ、参加してよかった、このために時間を使ってよかったなあと思っていただけるようにするのが、制作側(依頼側)の務めなのかなと感じました。けれど、自分の方も作品を作ったり、1人で複数人とやり取りをする・・といった体力を使うこともしているのも事実なのです。 だからこそ、お互い、休みたいときは適度に休むも大切なのですが、休んでいる相手のことを尊重することは、もっと大切なのかなと思いました。毎日作品作りに没頭していると、視野が狭くなるし、疲れるし、何やっているんだろうと自分を見失います。そんな自分が嫌になる事だってあります。嫌になったら、自分は何のために頑張ってきたのかな?と分からなくなります。休むってとても大事です。お互い。 自分の作品は自分が一生懸命作ったから大好きなのです。他人から見たら最初はどんな作品なんだろう?と疑問符だらけなのです。最初から大好きだなんて思う人はあまりいないと思っています。だからこそ、知ってくれてありがとう、引き受けてくれてありがとうと温かく迎えるなど、感謝の気持ちを創る事で示すだけではなく、行動や言葉で示す必要があると強く感じました。 どんな人なのだろうと深く追及しすぎるのは良くないけれど、好きなものは何だろうとか、どんな作品作りに携わっているのだろう、とか気にしてみると、この人ってこういうものが好きで、こういう世界を見ているんだな、すごいなあと感じます。 相手の世界を見る事で、100%相手のことを知る事は出来ないけれど、たまに相手の方ってどういう事をしているのかなと考えると、忙しそうなのに協力していただいて申し訳ないなあって思ったりもします。どういう人なのか、少しでも知ろうとする努力は大切だと私は感じます。話のきっかけにもなる事もあるので。 そして、私を知ってもらうために、読まれるかは別としてこうして文章で自分の考えを発信しています。Twitterだと告知と日常のうるさいツイートが混在しているので、本当の思いと言うのは伝わりにくいのです。でも、うるさい部分も含めて自分だと思っています。けれど、100%知ってほしいとは思わないです。光と影、両方を知るのは疲れてしまうし誰だって隠したい部分はある。それを追求されたら誰だっていやだよなあと思うようになりました。うるさい自分からでもいいし、きれいな自分からでもいい。どちらも私なので、どちらか読んでもらえれば私は嬉しいです。 最初は、音声編集ってどうやるんだよ、ムキー!!って思ったし、逃げてもいいなら逃げたいと思いました。楽しいけれど、その裏では逃げたいという気持ちがありました。ゲーム制作みたいに移動イベントとかコモンイベントを組んでキャラクターを動かせないし、お絵描きの時みたいに好きな色を作って好きな色に使えない。聴覚に向ける情報を作ることの難しさを痛感しながら日々過ごしました。 けれど、コエノネを通して学んだ事はとても大きく、創ってよかったと心から思っております。編集は初めてのことで手探りではありますが、キャラクターが喋った時はとても嬉しいと思いました。音の波形を見るたびに、この波形はこのセリフと分かる事もあり、楽しくなったものです。だから後悔していないです。今回経験した失敗がなければ、失敗に対して反省することもなかったし、次繰り返す確率も下げられなかったと思います。だから、コエノネを作って本当によかった。コトハ、ミナト、ななまる、ウタノ、シノブを考えて本当によかった。そして、思うのです。私が気を付けるべき事って実は、コトハたちが代弁しているシーンもあったのかなあと。(特に2話)

by 麦星すばる

Return